あいち トリエンナーレ 問題 点。 あいちトリエンナーレ 「表現の不自由展・その後」中止について(伊藤和子)

「あいちトリエンナーレ」のいい加減な動物取扱責任者の選定

このことは、実行委員会が本当に「」に関心があったのか?という疑問を抱かせる。 って…自由ってなんで認められるかというと、『自由の相互承認』といいますけど、どう考えても日本国民の心を踏みにじるものだね、これは。 ということで展示を即刻中止して頂きたいですね」「芸術かどうかは知りませんけど、10億も使っている」とコメント。 8%)、女性が244人(30. しかし、その中止通知は、河村の理由(像は日本への冒涜だからやめろ的な)によるものではなく、大村が述べたように安全上の理由によるものだ。 河村市長の発言もこの一味である。 美術展における「」が後退してしまった感すらある。 もちろん、それらの表現に対しては反対したいという表現も許容されるものです。

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【あいちトリエンナーレ2019】の根本的問題点を指摘する

個人が私費でやるなら好きにやればいいが、補助金を受けている以上、 県や市からチェックが入るのは当たり前。 自分がダメだと考えた表現に対して抗議することについて ついでに、この際、「自分がダメだと考えた表現に対する抗議」について述べておこう。 ここでは当たり前のことをいくつか指摘したいと思う。 私もコンセプトに関しては熟読させていただきました。 同様のことは、名誉毀損や侮辱、あるいはプライバシー侵害についても言える。

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あいちトリエンナーレの「表現の不自由展」問題 あえて「前向き」に考えてみる(THE PAGE)

弱者認識の奪い合い 今般の企画展に並べられた作品のほとんどは、左派的なに基づくものでした。 大変お世話になっております。 個別の作品が政治的であることには何の問題もない。 全体に責任を持つ立場の河村が何か被害者然として突如展示の一つを中止させるように言いだすのは異常としか言いようがない。 大村知事が裁判に訴えると主張するのも致し方ないことのように思えます。 その点で、• 「税金という公共財をつぎ込むイベントは、 政治思想に中立であり、 公共の万人(日本国民に限定しますが)にとって 役に立つものでないといけない」 という原則を破ったからこそ、 「じゃあ、税金交付をやめるね」と言うのは、 思想の問題ではなく、行政の原則論で当然のことなのです。

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「あいちトリエンナーレ」のいい加減な動物取扱責任者の選定

まず強調しておかなければならないのは、ヘイトスピーチを規制するということは、誰かが不快になるような表現はいけないので禁止します、ということではないということだ。 いまのところ、「本当に努力を尽くした」という説得力にある証拠は実行委員会からは示されていないのである。 しかも、あいちトリエンナーレ2019年には補助金が投入されることが決まっているようです。 表現の自由といえどももちろん、絶対無制約ではない。 また「検閲」とは民間に対して行政が行うものであって、今回の場合には当てはめることはできません。 改正法については。 つまり 暴力や脅迫に屈せず、表現を続けたいと考えているのである。

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「あいちトリエンナーレ」問題 有本香氏「昭和天皇をさげすむような作品に強い違和感」 反発を予想も…「津田氏は続ける覚悟もなかった」 (1/2ページ)

県が設置した第三者機関(あいちトリエンナーレのあり方検証委員会)ではさまざまな事実検証や分析がなされ、9月25日に中間報告が一応まとまりました。 を行使したいというわけだ。 ぼくからみて河村的理由は最悪の中止理由であるが、これが採用されなかったことは、一つの良識の勝利ではあろう。 この一連を見ると、「表現の自由、表現の不自由」ということよりも、「報道の不自由」を問題にしたほうがいいと思います。 少女像の説明書きには「『慰安婦』被害者」と日本語で書かれてあるのみならず、その下の英語訳での説明書きには「the victims of the Japanese military sexual slavery」と書かれており、これは直訳すれば「日本軍の性奴隷制の被害者」となります。 他人への脅迫や名誉棄損など具体的な被害を伴う場合であって、かつ、公共性の観点から正当化できない場合だけということです。

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「やせがまん」できなくなった社会―あいちトリエンナーレ問題を考える

しっかりと情報確認を行い、適切な対応を取る〉などとして、文科省・文化庁に問い合わせを行ったと報告。 いわば「がんばってほしい」と思う。 この美術祭の開催にあたり、注目を集めていたのが「表現の不自由展・その後」でした。 ぼくの基本スタンスは、すでに書いている。 問題となったのは、慰安婦像をモチーフにした「平和の少女像」の展示だった。

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「国民の心情を傷付ける表現」あいちトリエンナーレに日本国史学会が声明

その総額は総事業規模2. これを仮に「実行委員会が中止を発表した」としておこう。 「表現の不自由展」は、日本における「言論と表現の自由」が脅かされているのではないかという強い危機意識から、組織的検閲や忖度によって表現の機会を奪われてしまった作品を集め、2015年に開催された展覧会。 しかしながら 芸術性があれば性器表現は認められるとされた2008年のメイプルソープ裁判最高裁判決の例もあり、もし、あいちトリエンナーレのような国家的芸術祭で我が国の基本的性表現の解放が高らかに宣言されていたとするなら、まだ意義深い展示になっていたかもしれない。 「市後援」と言っても、そういう名義が借りられて、チラシが公共施設に置けるというほどの便宜しか図られておらず、いわば単なる「振興」策に過ぎないのだが。 ) この件については、第一種動物取扱業の登録の取消を行うべきではないかと期間中に愛知県に申し述べましたが、「改善への対応が進んでいる」との理由で取消はしないとの回答でした。

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